OB・OGからの近況報告

七條 孝司さん 2017年度3次隊 スーダン共和国派遣【環境教育】

 津幡町出身で環境教育隊員としてアフリカのスーダンに派遣されていました七條です。スーダンでは町役場の環境課に派遣され、町内会と一緒にゴミ収集方法の改善や町の美化に関わる活動を行なっていました。ところが、スーダンでは物価の値上がりに伴って市民が立ち上がり、約30年続いた政権を倒すこととなりました。そこまでは良かったのですが、一部暴徒化した治安部隊のせいで治安状況が悪化し、協力隊員はみな帰国せざるを得ない状況となりました。

         (スーダンにて町内会の人々と)

みなさんはスーダンにはどんなイメージをお持ちですか?スーダンはアラブイスラム文化とアフリカの伝統的な文化を合わせ持った国で、人々はとても穏やかで優しい人々でした。バスに乗っていて、日本人か、スーダンに来てくれてありがとうとバス代を(勝手に)払ってくれていたことも何度もありました。そんなスーダンに後ろ髪を引かれつつも、現在は日本のNGOの駐在員としてアフリカのウガンダに滞在し、南スーダンやコンゴ民、ルワンダなどからの難民居住地区での支援活動に携わっています。

(ウガンダにて同僚と)           どの国も馴染みのない国かもしれません。でも、ちょっとインターネットで調べてみると、そこで暮らす人々、そこで働く日本人、多くの発見がきっとあると思います。コロナ禍で遠出もままならない現在ですが、ぜひインターネットでアフリカへの旅を楽しんでみてください。

西 望弥さん 2017年度4次隊 ガーナ共和国派遣 【PCインストラクター】

 

 配属先では卒業生がパソコンを使用する仕事に就いた者が1名、カウンターパートもラボの整備を順調にしているようです。    

 また、住んでいた村のシアバター商品開発と販路確保をしましたが、現在でも販売され、今後も販路を拡大したいと代表が言っていました。少しでも何かの始まりに関われたことを嬉しく思います。         

           (村の代表とシアバター商品の販売 →)

 (↓ 西望弥さんと利用者さんと撮影)

私自身は、去年の緊急事態宣言が解消された6月から知り合い伝いで石川県内の社会福祉法人でお世話になりました。利用者さんなどからの要望で、ガーナでの活動の記録を読んで頂いています。今後もあらゆる形で活動を共有していきたいです。

また、今月から地域を巻き込み様々な取り組みをしている千葉県の障害者支援施設で働いています。人々に寄り添い、課題を共に考え、心地よく生活するサポートをしていきたい、という精神は協力隊で培いました。隊員として活動した貴重な経験をこれからも活かし、地域貢献していきたいと考えています

マ ラ ウ イ 日 記 ( 1 )

 

Warm Heartなマラウイの人々

 

河上 彩   派遣隊次:2018年度1次隊

        派遣国:マラウイ共和国

        職 種:理学療法士

 

 わたしは青年海外協力隊員として、2018年7月から2020年3月までマラウイ共和国で活動を行なっていました。活動先はマラウイ北部にあるムズズ中央病院で、国内に5つしかない公立の上位医療機関です。その中のリハビリテーション科に所属し、理学療法士として活動していました。

 

マラウイはアフリカ大陸南東部に位置する国で、北海道と九州を合わせたほどの大きさです。英語、チェワ語が公用語でその他いくつもの現地語が使われています。農業が盛んで、マラウイのソウルフードであるシマ(日本のお餅と似た食感の主食)の原料のトウモロコシを作っている他、タバコや砂糖、茶が輸出されています。国土の約20%を占める美しいマラウイ湖や、The Warm Heart of Africaと呼ばれるくらい人々が温かいことで有名な国です。

マラウイに降り立った日のことは今でも覚えています。出国の時は「よし、やるぞ!」と期待と興奮でドキドキしていた気持ちが、飛行機から赤土が一面に広がる景色を見て急に「本当に2年間ここで活動するんだ」と実感が湧き、少しの不安とプレッシャーを感じました。その日は実際にマラウイの土を踏んでも、どこかまだふわふわとした気持ちだった気がします。

最初に首都リロングウエイで言語訓練を受けている頃、一人のマラウイ人に自宅でのランチに招待されました。実は、石川県の青年海外協力隊OBの友人です。出国前にマラウイで活動されていたOBの方とお話する機会をいただき、活動や生活のことを伺った際に紹介していただいた方です。ランチでは初めて会うわたしに「ここは君の家だよ、さぁ寛いで。一緒に話したいことが沢山あるよ!」と言い、家族のように迎え入れてくれました。これがマラウイで最初に感じたWarm Heartでした。

 

当時の不安の一つに、マラウイの人々は自分を受け入れてくれるのかがありましたが、OBの方と友人マラウイ人の方のお話、何年たっても仲の良い関係性を見てとても安心しました。JICAボランティア事業の目的の一つに「異文化社会における相互理解の深化と共生」があります。自分もこんな風に、お互いのことを知りそしてその縁をまた誰かに繋げていきたいと強く思いました。

活動先の視察でもマラウイ人の温かさを感じることは多々ありました。マラウイでは外来・入院ともに受診時に必ず家族が付き添い、リハビリテーションの様子もとても熱心に見ています。患者さんが1人で動作を出来ない時は、必ず家族が介助している姿を見かけます。医療人の不足や車椅子などの物品の不足、通院や介護に使える公的支援がないなど、人・モノの不足でそうしなければならない状況にあるという解釈もできますが、日本では「家族に迷惑をかけるなら施設にでも入りたい」という人もいる中で、頼り・頼られることが当たり前に出来る彼らを羨ましくも思います。そんなマラウイの人々に支えられながらの活動は、自分にとってとても楽しく充実感のある日々でした。しかし、全てが上手くいったわけではありません。

次回の報告では、よりわたしの活動と医療に焦点を当ててお話をしたいと思います。  (つづく)  

 

 

OB・OGからの近況報告

竹田 瞳美さん 

 

 私は2019年の7月に帰国したので、すでに1年以上が立ちました。あっという間の1年で、本当に目まぐるしくいろいろなことが起こった1年でした。2年間(20176月~20196月)コスタリカの大学で日本語を教え、長い夏休みは任国外旅行でのんびり、毎日忙しくてもきれいな夕日が沈むのを見て過ごしていました。

その当時はやらなければならない仕事と同時にやりたいことが山のようにあり、時間が足りない焦燥感がありました。時にはもどかしさ、うまくいかない葛藤、異国人であるさびしさを感じながらも、日本語教師として知らない国で知らない人と関わり暮らすことが当たり前で、それを疑ったことがありませんでした。

 

今回のCOVID-19の影響で、JICA関係者はもちろん、生活や考え方が大きく変わった人が多いと思います。私もその一人です。在学中から海外での日本語教師を目指していて、これからもいろいろな国で働きたいし、ワーキングホリデーの利用も考えていました。特に日本語教師というのはそもそも外国人ありきで、国の内外を問わず世界の人と関わるお仕事です。外国にも行けないし外国人もいないとなると、やはり仕事全てが大きく変わりました。これから何をしたらいいんだろうと自粛中に自問自答する時間も長くありました。

現在はオンラインでの日本語教師として働いています。初めての経験で、たくさんの学びがありました。そして、(教師が)望むと望まざるとにかかわらず、これからはオンラインでの教育はさらに発展していきます。これまでデジタル化が遅れていた日本語教育界には皮肉なことにとてもよい薬になりました。世界は思いもよらない形で変わり、それは全員のピンチでチャンスです。私はこの機会にオンライン教育への知見を深め、これからに繋げていきたいと考えています。

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楠根 恵理佳さん 

 

Dumela!(ボツワナの現地語で「こんにちは」)

私は、コミュニティ開発隊員(20174月~20193月)として南部アフリカに位置するボツワナで、地方の村の女性グループの収入向上のための商品開発や販売を現地の方とともに行っていました。現地での生活や仕事は、大変ではなかったといったら嘘になりますが、国際協力のプロジェクトの立ち上げから評価まで経験できた、良い機会となりました。

ボツワナでは、水汲み生活や停電、暑さ、現地の人々ののんびりさに振り回されることも多々ありましたが、見知らぬ人でも、遠くから挨拶をしてくれたり、初対面なのにいろいろ話してくれるフレンドリーさや、ボツワナの風景・色彩に元気をもらうこともありました。

青年海外協力隊終了後まもなくして、私はフランスの大学院に留学しました。途上国の人々の収入向上支援を、本業としてやっていきたいという思いが強くなり、ビジネスや言語を学ぶのが目的でした。留学中は、勉強だけでなくサーフィンも学び(?)、忙しいながらも非常に楽しかったです!

現在は、アフリカを支援する団体で働いています。収入向上支援、教育支援など様々な分野で支援している団体で、COVID19がパンデミックである現在は、特に保健分野に力を入れています。働き始めたばかりですが、国際協力の様々な知識を吸収できる素晴らしい環境にいること、そして、日々のどの業務も国際協力につながっていることに、誇りを持って仕事をさせていただいております。

国際協力をする人は自分の生活を捨ててまでする覚悟で!という考え方もありますが、私は、国際協力への関わり方は自由であってよいと思います。国際協力には、様々な分野や形がありますから、私は、現在目の前にある仕事を、アフリカの人々を想いながら着実にやっていこうと思います。

最後になりますが、石川県青年海外協力隊を支援する会の皆様には、本当にお世話になりました。石川県に国際交流を越えた「国際協力」の土壌が醸成されるには、行政のほか、貴会のような市民団体の動きが大きく作用すると思います。貴会の益々のご発展を祈念いたしております。

 

隊員からのたより

澤多加奈子 2018年度3次隊 ブータン派遣 (小学校教育)

 急な帰国を余儀なくされて、はや3か月が経とうとしています。任地から離れてみて、改めて私ができることは何かと日々考える4月。できることからやろうと動き始めた5月。同じ志の人と繋がろうと思った6月です。 

数か月の間に、ブータンの教育チャンネルに使ってもらう体育のエクササイズ動画を作成したり、世界の子どもたちを繋ぐプロジェクトにブータンを参入させてもらうために動いたりと、とりあえずブータンの子どもたちのために動き続けています。これもすべて、距離が離れていても

「まだ帰って来ないの?」「待ってるよ!会いたいよ!」と日々メッセージを送ってくれる同僚、生徒、保護者や友人がいるからです。

今こそ、世界中の人が新しいことにチャレンジするいいタイミングだと思います。わたしも少しでもブータンのために、日本のために、世界のためにできることからやっていこうと進み続けています

中田早紀 2018年度3次隊 ウガンダ派遣 (コミュニティ開発)

 一時帰国となったのは3月中旬。任地で活動を開始してから1年が経とうとしていました。

バイクで村を巡回すると、子供たちが私の名前を叫びながら並走する日々。

 当時、農業隊員の私はまもなく到来する雨季に向けた計画を抱えていました。コメ普及、野菜栽培と家計管理、そして母子保健のワークショップ。ゼロになった計画もありますが、出発直前に種を購入した農家たちは干ばつや泥棒と戦いながら野菜を育てているそうです。

石川県では家族が迎えてくれました。アフリカでは考えられなかった電気水道の安定供給、「新しい生活様式」にも次第に慣れてきました。実家からのオンライン報告会では、大学生や隊員仲間、学生時代の友達に自分の活動を伝えることで、この1年を整理する契機にもなりました。

 

帰国した時期にはウガンダでゼロだった感染者数も、6月には600人を越えました。カウンターパートに日本語で「おかえり」「ただいま」を教えたので、いつか言える日が来ることを願っています。

八田裕司 2018年度4次隊 ホンジュラス派遣 (環境教育)

環境教育という職種で人口6千人の小さな町で約1年間活動しておりました。

 

市内の小中学校を巡回し、生徒に対し不法投棄の防止や水源林の保全についての授業を行ってきました。特に任地のプラスチックゴミの不法投棄は深刻です。街の至る所にゴミが捨ててあり、そのゴミを家畜が食べてしまう危険性もあります。その防止策として、授業の終わりには生徒と一緒に学校の周りのゴミ拾いを行うように心がけていました。また、市役所の議会や裁判所の会議等にも参加し、市民に対して環境教育の大切さを訴えてきました。

現在は、全隊員に一時退避の命令が出たことで、私も金沢市の実家に戻ってきました。ホンジュラスに再び戻れることに希望を抱き、他の隊員達と情報交換を行なったり、知見を広めたりしています。

一日でも早くコロナが収まり、ホンジュラスで活動が再開できることを期待しております。

新木涼子 2019年度1次隊 東ティモール派遣 (小学校教育)

 

赴任して8か月。東ティモールの学校は1月から始まります。

私は小学3年生の算数クラスを担当していました。活動は、講義中心の授業から子ども主体の授業になるよう試行錯誤の日々でした。取り組んでいたことは、授業規律やミニテストの導入、教具の工夫などです。

また、活動先と活動計画の打ち合わせを行い、課外授業や家庭訪問、学級通信の配布も始めようとしていたところでした。

 私は最後の授業の日を今でも覚えています。地元の人も経験したことのないような豪雨の日だったからです。近所の川が氾濫し、校庭は冠水しました。復旧作業のさなか帰国となったため、子どもたちとお別れできなかったことが心残りです。

 

   

 今私は日本の教育現場に携わる準備をしています。協力隊経験を伝えたり、もし機会があればティモールの人たちと繋げたりすることで子どもたちの視野を広げていきたいです。 

 

紙谷佳妙 2019年度1次隊 ザンビア派遣 (コンピュータ技術)

 

 Muli shani mukwai bonse? (皆さまお元気ですか?)

本来ならば、7月下旬にはザンビアに来て1年が経ち、活動の折り返しを迎えるはずでした。しかし、活動8ヶ月目の3月中旬にザンビア隊員も一時帰国が決まり、地元の金沢に戻ってきました。

 

ザンビアでは生活・活動に慣れてきて、主な活動である大学生にコンピュータの授業を行うことに加え、今後行いたい活動のために準備を進めていた所でしたが、実現できておらず、悔しいです。


また、帰国連絡を受けてからフライトに向けて活動場所を離れるまで2日間程と急だったので、一緒に活動をしていた同僚や身近な方々に直接顔を合わせての挨拶ができておらず、心残りです。

写真は、国際女性デーのお祝いで、配属先の女性の先生方とお揃いの布の服を着てパレードに出た時、活動場所で最後に夕日を見た時のものです。

 

ザンビアも感染者数が増え続け、この先のことはわかりませんが、日本で自分のレベルアップに励みたいと思います。

松田智子 2019年度1次隊 ブラジル派遣(日本語教育)

 

 Bom dia!!

2019年度1次隊の松田智子です。ブラジルサンパウロ州のピンドラ―マ日本語学校に派遣されていました。

活動内容は、日系社会で失われつつある日本語を継承するため、日本語や日本文化教育に携わることです。20197月に派遣されてから、12月にあるJLPT(日本語の試験)に向けてのテスト対策や日本人会が開催する様々なイベントで生徒たちと歌や踊りを披露してきました。

今年に入り、長い夏休みも明け、学校が始まりました。ここから半年はイベントが目白押しです。ピンドラ―マ地域で行われる運動会や市で開催する秋祭り、また硬筆や絵画のコンクールなどが予定されていたので、生徒も私もとても楽しみにしていました。

 そんな矢先、コロナの影響で緊急避難一時帰国が決定しました。当初は、帰国したくないとカウンターパートナーや日本人会会長に話していましたが、今思えば、あの時JICAの懸命な判断で帰国させていただいたことを深く感謝しています。今ブラジルでは感染者が増え続け世界第2位になり、私が残っていれば、自身が危険なだけでなく周りにも多大なる迷惑をかけていただろうと振り返っています。

現地の方々と連絡を取るといつも「本当に無事に帰国できてよかった。」と話してくれます。つらい状況の中、私を気遣ってくれる方々に感謝するとともに、本当に素晴らしい環境で働かせてもらえていたのだと実感できました。今後のことは、様々な状況の中で決定されると思いますが、私はもう一度ブラジルに戻り、できる限りのことをしたいと思っています。

竹村伊代 2019年度2次隊 ウガンダ派遣 (小学校教育)


私は、ウガンダのワニャンゲ小学校で、体育の授業を中心に担当しました。ウガンダでは、体育が教科になって間もないため、勤務先ではあまり行われていませんでした。

そこで、子供達に体育授業の流れやストレッチの仕方、整列の仕方、ルール作りや体つくり運動などの授業を行い、体育の基礎を教えました。人懐っこく笑顔いっぱいで、どんなことも意欲的に楽しむ子供達の姿に毎日心が和み、子供達に会って授業をするのがとても楽しみでした。

また、同僚の先生方や近所に住む人達も皆、心温かく、その優しさに支えられながら充実した日々を過ごすことができました。

現在は、英語力が落ちないように家で勉強を頑張っています。子供達と一緒にしたかった授業がたくさんあり、皆に会えないことを残念に思う気持ちもありますが、ウガンダの皆さんとの関わりをこれからも大切にして、自分に今できることを着々と進めていきたいです。

 

また、ウガンダの皆に会えることを楽しみにしています!

青年海外協力隊とは

 青年海外協力隊は、青年の海外に向ける熱い思いに道を開こうと1965年(昭和40年)4月20日に、わが国政府の事業として発足しました。    詳細へ

 

お問合せは  

TEL 076-225-7002