OB・OGからの近況報告

松田智子 2019年度1次隊 ブラジル派遣(日本語教育)

2019年度1次隊の松田智子です。わたしは、20197月から20203月末までブラジルで日本語教師をしていました。派遣先は、ピンドラーマ日本語という小さな日本語学校で、主に日系3世~4世の生徒が学んでいます。生徒たちが日本語を学ぶ理由は、「継承語」といい日本語や日本文化を残し、伝えていくためです。生徒たちというより、生徒の親御さんや祖父母の方々が望んで学ばせているといったほうがいいかもしれません。そんな背景でも、生徒たちはとても素直で、毎日真剣に学んでいました。

 

 わたしの活動は、もちろん日本語を教えることですが、それだけではありません。地域主催の行事がほぼ毎月あるのですが、それに生徒たちは参加し、歌や演奏の発表をします。それにむけた選曲や練習指導、当日はMCなども担当していました。発表後は、参加した生徒たちの達成感や成功体験になり、日本語へのモチベーションにもつながるので、とても大切に取り組んでいました。発表が終わった後のキラキラした生徒たちの顔を今でも覚えています。


その他にも、日々の授業の合間に図工や音楽、体育などの授業を取り入れました。ブラジルの学校では余裕がなく、主要教科以外はほとんどしません。ですので、生徒たちは楽しく、遊びの中で学ぶことができていたと思います。

 そんな中、新型コロナウイルス感染拡大の影響で帰国が決まり、日本に帰ってきました。はじめは、現地に思い残すことが多く、何も手につかない状況でした。しかし、日本国内に目を向けると、近くに日本語教育を必要としている人がたくさんいて、わたしにもできることがあると奮起し、国内での活動を始めました。内容は、様々ですが、主にオンラインでの日本語教育や地元小中学校への出前講座、日本語ボランティアなどです。

 ブラジルや国内での経験を活かし、今後はさらに日本語教育の知識を高めるため、進学を考えています。そして、さらにスキルアップし、国内外の日本語教育に携わっていきたいと思っています。

八田裕司 2018年度4次隊 ホンジュラス派遣 (環境教育)

ホンジュラスへJICA海外協力隊として派遣されていた八田裕司です。環境教育という職種で市役所の環境課に所属し、人口6千人の小さな町で約1年間活動していました。

 日本では、馴染みのない環境教育という職種ですが、これからの時代において環境教育は極めて重要です。日本でも過去に、環境意識の低さから、公害や不法投棄の増加等の社会問題を引き起こしました。持続可能な開発を行う上で、環境への意識向上は重要な分野であり、より多くの住民に環境への関心や危機感を抱いてもらうことが私のミッションです。

 この1年間、市内の小中学校を巡回して、生徒に不法投棄の防止や水源林の保全等の授業を行ってきました。特に任地のプラスチックゴミの不法投棄は深刻です。街の至る所にゴミが捨ててあり、そのゴミを家畜が食べてしまったことも多々あります。また、住民がその家畜の肉を食べるため、人間にまで健康被害の及ぶ可能性が生じます。その防止策として、授業終わりには生徒と一緒に学校の周りのゴミ拾いを行うように心がけてきました。

 また、任地には森林火災が多く、その約60%が火の取り扱い不注意によるものです。その防止のため、市の環境課は、貯水池の確保や防火帯の整備などの対策をしています。私は教育者という立場から、生徒や住民に対し森林保全や森林火災についての指導を行ってきました。


  ところが、新型コロナウイルスの感染拡大により、活動も1年目が終わった頃に突然の帰国となりました。帰国後は、JICAが開催するセミナーに参加したり、環境教育の知見を広めたりと任地に帰った際にすぐに活動に取り掛かることができるように準備をしていましたが、結局復帰することができないまま任期が終了になりました。

 今後は、学校などを訪れて、子供たちに私の経験をもとに途上国の現状を伝えていきたいです。私も小学生のときに協力隊経験者の演説を聞き、途上国やボランティアに興味を持ちました。子供たちに途上国支援の必要性を理解してもらい、未来の青年海外協力隊員輩出に貢献したいです

七條 孝司さん 2017年度3次隊 スーダン共和国派遣【環境教育】

 津幡町出身で環境教育隊員としてアフリカのスーダンに派遣されていました七條です。スーダンでは町役場の環境課に派遣され、町内会と一緒にゴミ収集方法の改善や町の美化に関わる活動を行なっていました。ところが、スーダンでは物価の値上がりに伴って市民が立ち上がり、約30年続いた政権を倒すこととなりました。そこまでは良かったのですが、一部暴徒化した治安部隊のせいで治安状況が悪化し、協力隊員はみな帰国せざるを得ない状況となりました。

         (スーダンにて町内会の人々と)

みなさんはスーダンにはどんなイメージをお持ちですか?スーダンはアラブイスラム文化とアフリカの伝統的な文化を合わせ持った国で、人々はとても穏やかで優しい人々でした。バスに乗っていて、日本人か、スーダンに来てくれてありがとうとバス代を(勝手に)払ってくれていたことも何度もありました。そんなスーダンに後ろ髪を引かれつつも、現在は日本のNGOの駐在員としてアフリカのウガンダに滞在し、南スーダンやコンゴ民、ルワンダなどからの難民居住地区での支援活動に携わっています。

(ウガンダにて同僚と)           どの国も馴染みのない国かもしれません。でも、ちょっとインターネットで調べてみると、そこで暮らす人々、そこで働く日本人、多くの発見がきっとあると思います。コロナ禍で遠出もままならない現在ですが、ぜひインターネットでアフリカへの旅を楽しんでみてください。

西 望弥さん 2017年度4次隊 ガーナ共和国派遣 【PCインストラクター】

 

 配属先では卒業生がパソコンを使用する仕事に就いた者が1名、カウンターパートもラボの整備を順調にしているようです。    

 また、住んでいた村のシアバター商品開発と販路確保をしましたが、現在でも販売され、今後も販路を拡大したいと代表が言っていました。少しでも何かの始まりに関われたことを嬉しく思います。         

           (村の代表とシアバター商品の販売 →)

 (↓ 西望弥さんと利用者さんと撮影)

私自身は、去年の緊急事態宣言が解消された6月から知り合い伝いで石川県内の社会福祉法人でお世話になりました。利用者さんなどからの要望で、ガーナでの活動の記録を読んで頂いています。今後もあらゆる形で活動を共有していきたいです。

また、今月から地域を巻き込み様々な取り組みをしている千葉県の障害者支援施設で働いています。人々に寄り添い、課題を共に考え、心地よく生活するサポートをしていきたい、という精神は協力隊で培いました。隊員として活動した貴重な経験をこれからも活かし、地域貢献していきたいと考えています

マ ラ ウ イ 日 記 ( 1 )

 

Warm Heartなマラウイの人々

 

河上 彩   派遣隊次:2018年度1次隊

        派遣国:マラウイ共和国

        職 種:理学療法士

 

 わたしは青年海外協力隊員として、2018年7月から2020年3月までマラウイ共和国で活動を行なっていました。活動先はマラウイ北部にあるムズズ中央病院で、国内に5つしかない公立の上位医療機関です。その中のリハビリテーション科に所属し、理学療法士として活動していました。

 

マラウイはアフリカ大陸南東部に位置する国で、北海道と九州を合わせたほどの大きさです。英語、チェワ語が公用語でその他いくつもの現地語が使われています。農業が盛んで、マラウイのソウルフードであるシマ(日本のお餅と似た食感の主食)の原料のトウモロコシを作っている他、タバコや砂糖、茶が輸出されています。国土の約20%を占める美しいマラウイ湖や、The Warm Heart of Africaと呼ばれるくらい人々が温かいことで有名な国です。

マラウイに降り立った日のことは今でも覚えています。出国の時は「よし、やるぞ!」と期待と興奮でドキドキしていた気持ちが、飛行機から赤土が一面に広がる景色を見て急に「本当に2年間ここで活動するんだ」と実感が湧き、少しの不安とプレッシャーを感じました。その日は実際にマラウイの土を踏んでも、どこかまだふわふわとした気持ちだった気がします。

最初に首都リロングウエイで言語訓練を受けている頃、一人のマラウイ人に自宅でのランチに招待されました。実は、石川県の青年海外協力隊OBの友人です。出国前にマラウイで活動されていたOBの方とお話する機会をいただき、活動や生活のことを伺った際に紹介していただいた方です。ランチでは初めて会うわたしに「ここは君の家だよ、さぁ寛いで。一緒に話したいことが沢山あるよ!」と言い、家族のように迎え入れてくれました。これがマラウイで最初に感じたWarm Heartでした。

 

当時の不安の一つに、マラウイの人々は自分を受け入れてくれるのかがありましたが、OBの方と友人マラウイ人の方のお話、何年たっても仲の良い関係性を見てとても安心しました。JICAボランティア事業の目的の一つに「異文化社会における相互理解の深化と共生」があります。自分もこんな風に、お互いのことを知りそしてその縁をまた誰かに繋げていきたいと強く思いました。

活動先の視察でもマラウイ人の温かさを感じることは多々ありました。マラウイでは外来・入院ともに受診時に必ず家族が付き添い、リハビリテーションの様子もとても熱心に見ています。患者さんが1人で動作を出来ない時は、必ず家族が介助している姿を見かけます。医療人の不足や車椅子などの物品の不足、通院や介護に使える公的支援がないなど、人・モノの不足でそうしなければならない状況にあるという解釈もできますが、日本では「家族に迷惑をかけるなら施設にでも入りたい」という人もいる中で、頼り・頼られることが当たり前に出来る彼らを羨ましくも思います。そんなマラウイの人々に支えられながらの活動は、自分にとってとても楽しく充実感のある日々でした。しかし、全てが上手くいったわけではありません。

次回の報告では、よりわたしの活動と医療に焦点を当ててお話をしたいと思います。     (つづく)    

 

 

 

青年海外協力隊とは

 青年海外協力隊は、青年の海外に向ける熱い思いに道を開こうと1965年(昭和40年)4月20日に、わが国政府の事業として発足しました。    詳細へ

 

お問合せは  

TEL 076-225-7002